11時頃、ジャクソンホールのスキー場に車を走らせた。僕らは幼稚園児2人を持つ身なので半日ずつ交代で滑らなければならない。今日は午前がかみさんのシフトだ。子供達とゆっくり宿を出て、スキー場に向かう。
スキー場へ向かう途中「ジャクソンホールスキー場駐車場情報FM局」の看板発見。直感でこの看板に嫌な感じを覚えた。
カーステレオを聞く。若い女性の無機質な声がスピーカーから聞こえて来る。
「スキー場の駐車場は一台15ドルです。」
北米では駐車料金を取るスキー場なんて聞いた事はない。まじっすか~?とビビリながら放送を聴いていると、
「スキー場から離れた駐車場は一台5ドルです。ただし3人以上乗っていれば無料です。この駐車場からはスキー場まで無料のシャトルバスが運行しています・・・・」
以上を聞いて判断できたのが、「ジャクソンホールは週末スゲー混む!」。
僕の想像していた「田舎の秘境、ひっそりとした隠れ場的スキー場」という可能性は頭の中から完全に消えた。有名なビデオであれだけ登場する場所だ。人が来ない訳がない。
あこがれの有名な赤いトラム乗り場の前でかみさんと滑り交代のため待ち合わせ、タクともっちゃんも一緒にやってきたが、雰囲気が重い。口の両側が上に上がっていない。目も死んでいる。
「初めてのジャクソンどうよ!」
僕は元気に尋ねたが、答えが無い・・・
詳しく話を聞くと、前の日気温が急激に上がり雪が溶けてそれがそのまま固まっているとの事。
もっちゃんはしきりにが
「たこ焼きにやられます。」
と言う。
かみさんは
「午後は雪が緩んで滑りやすくなるんじゃない?」
と言う。
たこ焼きの意味が分からなかったが、とりあえずトラムに乗り込んだ。
トラムは100人乗り。スキーヤーが圧倒的に多い。乗り込んでいる人種は完全本気バックカントリー派。ニットキャップの上にゴーグルをしてから申し訳程度にヘルメットというフリースタイルないでたちの人は一人もいなかった。年齢層が異常に高く、40歳以上の人が半分を占めていたと思う。
トラムの中では爆音で音楽がかかっている。トラムに常駐する係員が好きな音楽をかけているようだ。
トラムが山頂駅に着きそうになると係員からのアナウンスが入る。
「このトラムは100%エキスパートスキーヤーの為のトラムです。初心者コースで下山は出来ません。途中クリフやシュートがありますので心配な方は10分おきにトラムが運行していますのでトラムにて下山可能です。間もなくエキサイティングなディセントの始まりです。ドアが開けばそこはエクストリームの世界!Are you ready!!!!!」
このタイミングでハードロックが全開の音量でかかり始める。周りを見渡すとおっさん達がハードロックに合わせて頭揺らしている。まるでロックコンサートの会場のようだ。演出が素晴らしい。トラムが完全停止、ドアが開くと極太スキーを担いだパウダージャンキー達はぎゅうぎゅうに詰め込まれた狭いトラムから足早に強い風が吹きつける山頂に流れ出していった。
トラムを降りると僕が真っ先に向かったのが「コルベッツキャビン」だった。ジャクソンーホールの超名物コース、意味はズバリ「棺おけ」。
風でカチカチにたたかれた斜面を降りて行くとその入り口はあった。入り口には何人もの人々が崖の下を覗いている。コルベッツキャビンの入り口に近づき、恐る恐るシュートを覗き込む。
「これは怖いね。」
タクは声のトーンを上げてつぶやいていた。シュートの入り口は高さのある雪庇になっており雪90度の雪の壁だ。その下には斜度45度ほどの広い斜面が広がっている。しかし、一箇所だけ雪庇の一部が欠け、かろうじてエッジをかけて雪庇の半分ぐらいまで降りることが出来る場所がある。ほとんどのラインはそこから下に伸びている。
「いけそうじゃね?」
僕がそういうと、タクは
「いや、初日なんでやめときます。」
しかし、今までの経験で行けそうだと思った時に行かないと、気持ちに負けて一生行けないパターンを知っている。タイミングを逃したってやつだ。
「俺、行くわ」
「まじっすかー」
「まじっす」
僕がシュートの入り口に移動すると周りの見物人から
「行くの?」
「本当に行くのか?」
と、次々に声が上がった。
ドキドキはしなかった。世界一危険な山ジャクソンホールの名物コースだが、見た目にはそうも見えない。いつも滑っているレイクルイーズのほうが断然危険な場所があると思う。
大勢の見物人の視線を受けながら、雪庇の欠けた所へヒールエッジをかけながら滑り込んで行く。1メートルほど滑り込んだ後、ヒールエッジを開放し、ノーズをフォールラインに向けた。次の瞬間、雪庇下の斜面にドスンと着地。そこからの雪は風でたまったやわらかい雪で斜度はあるものの末広がりの斜面でむしろ心地の良いすべりを楽しむことが出来た。
結果、コルベッツキャビンは見かけ倒しだということが判明。しかし、この名物コースはただの観光用で、ジャクソンホールが世界中のエクストリームスキーヤーの憧れの地である理由は後日判明することとなる。
コルベッツキャビンをやっつけた後はジャクソンホールのスキー場内をクルージング。雪が悪いのと地形が把握できていないのでフルスピードで地形に突っ込んで行くことは出来ない。北米のスキー場は「クリフあり」と看板にあれば本当にクリフがあり、その大きさは分からない。ジャクソンホールの場合、スキー場内のクリフは大きな物で見た目30メートル以上ある。雪がいい日はこれをドロップする人がいるのでクローズにエリアにはなっていない。注意が必要というか、何とやら・・・・
高度を下げると、もっちゃんの言っていた「たこ焼き」が出てきた。「たこ焼き」とはシャバッシャバの春雪が滑りまくられた跡がそのまま凍ったもので、かなりの厄介ものだった。幸い僕が滑った時は午後なので雪が緩み、それほど硬くはなかったが、朝一はゴルフボールを30センチ間隔で埋め込んだ斜面を下るようなものだ。かみさんには申し訳ないが午後シフトに感謝した。
トラム2本目、再びコルベッツキャビンへ。せっかくなのでタクも名物コースを一応やっつけないとね。
コルベッツキャビンの上は相変わらず見物客でいっぱいだ。見た目よりも簡単だといってもコルベッツキャビンにドロップしなければそいつはただの見物客だ。見物客になるかジャクソンホールの一部になるかの差は大きい。
見物客の一人が僕に話しかけてきた。
「ここ下ったことある?」
「今日、一回下ったよ。見た目よりは簡単だったな。」
「下の雪は固いの?」
「いや、硬くないよ。あそこまで下れば後はフカフカだ。雪庇の下まで降りれば後は楽勝だよ。今から、こいつが下るから見ていれば?」
僕はタクを指差してそう言った。これでタクはもう後戻りできない。
「タク、見せてやれよ。」
大勢の見物客が見守る中、宅はコルベッツキャビンの入り口に近づいていった。
「あそこの高さはどれぐらい?」
「いいから行けよ。たいしたことないから。」
「でも・・・・」
「ごちゃごちゃ言わないでいけよ!」
タクは決心を決めたようで、コルベッツキャビンにスノーボードのノーズを向けた。
タクの身体はスルリと斜面に吸いこまれ、雪庇下の斜面に落ちていった。
タクはコルベッツキャビンに飛び込んでから数回ターンをして止まった。
「超かんた~ん!」
とタクから声が上がった。
先ほどの見物人が僕に声をかけた。
「彼は何て言っているの?」
「スーパーイージー!といって言っているね、僕も行くよ。見た目よりも簡単だから君も来いよ」
初めてジャクソンホールに来たくせに長年住んでいるローカルのように振舞っていたに違いない。後で判明することだが、コルベッツキャビンは単なる客寄せパンダだ。ホンモノのジャクソンホールの魅力は2日後に判明することになる。
僕は2回目のコルベッツキャビンを楽々ドロップ。タクに追いついてほとんど人の入らないコルベッツキャビン下のパウダースノーを楽しんだ。
この日は初日という事と、雪が激悪だったのでリゾート内のチェックに終わった。それにしても未知の世界で遊ぶのはなんと楽しいことか。やっていることは同じスノーボードでも、場所を変えただけでこれほど楽しみが増える経験を他に知らない。スノーボード以外に楽しみを知らない自分に逆に感謝。
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