朝起きて部屋を出ると、クラークが
「おはよう!」
と元気な挨拶をくれた。
キッチンからはいい匂いが漂ってくる。我が家の子供達はすでに起きてキッチンでエミリーの大サービスを受けていた。
「卵はどうする?」
エミリーは僕に聞いた。
「それじゃ、イージーオーバーでお願いします。」
卵の焼き方と言えばカナダに来た時にはスクランブルエッグしか分からなかった。目玉焼きはサニーサイド、これは目玉焼きが太陽を思わせるのでなんとなく分かるが、両面焼きのイージーオーバーは一体何者なのだろうか?よく考えればスクランブルエッグってももよく分からない。初めて外国で「卵はどうする?」と聞かれたときは「おー、さすが肉だけじゃなくて卵もレアとかウェルダンとか選ぶんだな。」と勘違いしたことをよく思い出す。
朝食をとった後は少しのんびりする。これから数日バックカントリーに入るので食料などの買い物も必要だ。
クラークは朝から孫の学校の送り迎えで実に忙しい。北米のベビーシッターが高額な理由がよく分かる。
クラークの孫達は人懐っこくは無いが、シャイでいてやさしく、倉庫から古いぬいぐるみや
絵本を「もう、いらないから。」といって我が家の娘達に景気よく振舞った。ありがとう。
クラークと1年ぶりに話し込んでいるうちになんと昼近くなってしまった。
「そろそろ買い物もあるから行くよ。」
「了解、何か困ったことがあればすぐに電話くれ。どこでも電話が通じるはずだから。」
たっぷり絵本をもらった子供たちと共にクラーク達に家を出発した。
とりあえずビールである。ユタで手に入れてたビールは実に根性がない。ションベンビールと馬鹿にされても仕方がない代物だ。気持よくビールを飲みたい人は絶対にユタ州でビールを買ってはならない。これは神のお告げである。モルモンの神のお告げでは酒は禁止である。
ペイジの町は人口7千人足らずの小さな町にもかかわらずアメリカで最も大きいショピングセンター、ウォルマートがある。夏は観光客で人口が数倍に膨れ上がるのである。
実になんでも売っている。たまねぎ、人参、じゃがいもなどのカレーの材料から玄関のドアやディーゼルエンジンのオイルまで揃っている。この店があれば生活に困ることはない。
食料を仕入れていると嫁が余計なものまで見はじめる。
「これは子供のクリスマスパーティーに履くのにちょうどいい。」
などと言い、ドレス用の靴を選びはじめた。こども服コーナーでは子ども達がキティーーのパジャマが欲しいと騒ぎ出し、キャラ物上着のファッションショーを始めてしまうう。我が家は僕以外全て女なので買い物に出ると目的の物に真っ直ぐに向かい、それを手に入れてさっとレジに並び素早く帰るということがまず出来ない。買い物時は女は車に閉じ込めておくに限る。さもないと、顔に塗りたくるわけのわからない薬品や原色のうんこが出そうなヤバイ色のお菓子が増えるだけである。
なんとか買い物を済ませ車を湖に向けて走らせる。
ペイジの町からレイクパウエルまでは5分足らずのドライブ。この湖はグランドキャニオンのような複雑な渓谷をダムで堰き止めて作られた人造湖である。ペイジの町はダムの建設時に工事のベースのために作られた。
湖岸線は非常に複雑に入り組んでおりその湖岸の全長はアメリカ西海岸線に匹敵する長さだ。湖は東西に長く全長300km弱だが、湖岸線は3136kmもある。ダムが建設される前はグランドキャニオンにも匹敵する美しい渓谷だったらしい。ダムが作られた理由はただ一つ、下流にあるレイクミードへの土砂の流入を防ぐためだ。
レイクミードはラスベガス近くに位置する人造湖で、アメリカ西南部への水を供給している。有名なフーバー・ダムには大規模な発電所があり、ラスベガスのきらびやかなイルミネーションのための電力を供給している。何度かフーバー・ダムを通過したことがあるが、警備は大変なもので通過するだけでもパスポートをチェックされたり車のトランクを調べられたり911直後の飛行機に乗り込む時のような物々しさなのである。
レイクパウエルのダムを通過する。レイクミードのようなものものしさは無い。それでも観光客がダム周辺で記念写真を取る姿を見かけた。
ダムを通過して再びユタ州に入る。ユタ州に入って間もなくローンロックキャンプ場に着く。
レイクパウエルとそれを取り囲む土地は「グレンキャニオン・ナショナル・リクリエーション・エリア」に指定されている。舌を噛みそうなネーミングだが、要するに「グレン渓谷国民保養地域」である。一言で言い表せる日本語は実に素晴らしい。まあ、アメリカ人にとっては「渓谷国民保養地域」なんて文字列がアインシュタインの数式よりも複雑な幾何学模様に見えることだろう。
それはそうとして、キャンプ場に着いた。
これからやっと漕ぎだすのである。
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