2012年12月6日木曜日

レイク・パウエル 6


朝目が覚める。うっすらとテントの外が白くなり、テント内にある物体の形が浮かび上がる程度の明るさだ。誰も起きてないらしい。僕以外の寝息がテントの中に響き渡る。寝息が響き渡るぐらいし静かな朝は僕に二度寝をもたらした。起きる理由が無い朝はなんて素敵なのだろうか。
2度目の目覚めは強烈な光によってもたらされた。テントは黄色で太陽の光も黄色だ。黄色の二乗は四倍の光となって僕のまぶたの後ろを刺激した。もはや朝とは言えない光とテント内の気温がやっと僕の腰を上げる気にさせてくれた。それでも立ち上がる理由はない。学校も会社も無いのだ。余程の理由がない限り今一番快適な状態を変えようとは考えられない。
3度目に目が覚めたのは息苦しさのせいだ。テント内の気温は40度近いのではないだろうか、今着ている服を全て脱ぎたい。じっとしていても鼻先に発汗を感じる。我が家の女子達はそれでも息苦しそうに惰眠を貪っているのは女子特有の特殊能力だろうか、目覚める気配は無い。暑いのだがそれも僕の体を起こす理由にはならなかった。まだ我慢できる範囲の気温だ。枕元の本を読んでいると強烈な尿意を覚えた。究極のぐうたらもどうやらおしっこには勝てない。僕はやっと体を起こしてテントのジッパーを開けた。
テントの入口を開けるとさわやかな空気がテント内に入り込んで来た。真夏のコンビニに駆け込んだような爽やかさを覚える。空を見上げると強烈な青。宇宙まで透けて見えそうな濃い青空が広がっていた。砂漠のキャンプは大好きだ。砂漠が砂漠になるのは極端に晴天率が高いからだ。山岳地帯のキャンプのように毎日天気予報に怯えて過ごすことはまずありえない。僕の住むカナダから1500キロも運転してきたことを心から感謝した。
時計を見るとまだ朝の9時だった。おもいっきり朝寝坊した気がしたがそれほど時間は経っていなかった。普段家で生活している時の朝の時間が過ぎる速度といったらまるで早口言葉の三倍速である。テントから這い出て少し歩き影を見つけおしっこをしているとおしっこの出る速度までゆっくり感じたが、それは僕が去年40歳の誕生日を迎え、年を年を取ったからである。
風は無く湖面は鏡のように静まり返っている。週末が終わり月曜日ということもあり、昨日はあんなに湖を漂っていたモーターボートが1隻も見えない。娘のメリが起きてきた。朝食を一緒にとる。僕はインスタントのポテトスープをメリは温めた牛乳を飲む。この気温だと牛乳は今日限定。明日からは牛乳は無し。不便な世界に入り込むと否応なしに様々なルールが発生する。これらのルールに沿って工夫する楽しみがある。食事一つとっても冷蔵庫がない場合、色々と工夫をしなければならない。不便さはアイディアを産み万能は怠惰を産む。しかし、僕の頭の中には特に新しいアイディアが思い浮かぶ事なく、誰かに聞いたり本で読んだメニューで残りの食生活を過ごすごとになる。
朝食を終えると、なんとなく過ごす。やることが無いのだ。メリは昨日の続きの本を読み僕も昨日の続きの本を読んだ。嫁と下の娘ソノラもテントから這い出してきた。彼女らが這い出してきた頃は太陽が本気を出して地面を照りつける午前10時という時間だった。後から起きだしてきたメンバーは朝食とも昼食とも言えない食事を取り、各自フリースタイルでくつろいだ。
「くつろぐ」というのは退屈である。日本産まれ日本育ちの僕には「くつろぐ」というのが我慢出来ないらしい。結局何かかしないと落ち着かない、時間を無駄にしているような気がする。日本で超忙しい海外旅行ツアーが売れるのはこの国民性によるのではないかと思う。ツアーが忙しければ忙しいほど「この旅行社は仕切りが良い!」なん喜ばれたりする。普通の日本人にはきっと、一ヶ月バケーションで何もしないとかは無理なんだと思う。幸い僕らの目の前にはジリジリと照りつける太陽の下に美しい湖があった。目の前には小さいながらも砂地のビーチがあり、湖岸から十メートル先にはいい感じの周囲数メートルの島がある。これは泳ぐしかない。
ジリジリと照りつける太陽光線が僕の背中を押した。水に飛び込むと予想以上に水温が高い。ライフジャケットを着けて飛び込んだのだがこれは癖になる。何もしなくても頭が出るのは楽で良い。太陽光線でほってた体は5分ほどで冷却され快適な湖水浴を楽しんだ。子供達もライフジャケットを身につけ恐る恐る湖に入る。いったん入ってしまえば子供にとってそこは天国。丸めたスリーピングマットをフロート代わりにして遊ぶ。湖の中に潜ると薄い水色の世界が広がっていた。透明度は5メートルほど。ビーチから数メートル離れると底は見えない。ここはかつてグランドキャニオンに匹敵する大渓谷だった場所だ。ビーチから数メートル先は数百メートル落ち込んでいる可能性もある。想像力をかきたてる湖である。
インスタントラーメンを食べ終えて時計を見ると午後の2時だった。これはゆっくりし過ぎた。午後7時には湖全体が暗闇に包まれてしまう。残り時間はたった5時間、太陽が地上に出ている時間はたった4時間だ。僕らは湖から上がりカヌー探索の準備を急いだ。
カヌーに乗り込む前にこの辺りの地図を確認する。iphoneにダウンロードしてきた地図が一番正確だ。キャンプした入江を北上したところに狭い渓谷が見つかった。地図によるとその渓谷は約1キロ漕ぎ上がった場所で水がなくなるようだ。
カヌーに乗り込み漕ぎ出す。湖面はおだやかだ。時よりジェットスキーや釣り船が通過する。狭い入り江の中なのでモーター付きのボートもそれほどスピードを出せない。複雑に入り組んだ湖岸線に沿って北上すると30分も経たないうちに目的の渓谷の入口に着いた。渓谷の入り口は思ったより狭く、両側は10メートル以上の切り立った崖に囲まれている。なんだが進むのが怖い。体験した事のない世界に入り込むと感動と同時に恐怖がやってくるのはおそらく体験した人にしかわからないだろう。我々はこの先でそんな経験をすることになる。





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